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樺太犬タロ・ジロの解剖と死因

昭和基地に置き去りになった樺太犬が生きていたことで有名な実話「南極物語」のあらすじとネタバレの番外編「樺太犬タロ・ジロ・ゴロの解剖結果と死因」です。


実話「南極物語」のあらすじとネタバレは『実話「南極物語」のあらすじとネタバレ』をご覧ください。

■樺太犬ゴロの解剖と死因
樺太犬ゴロは昭和基地に残された樺太犬15頭のうち、首輪につながれたまま死亡していた樺太犬である。樺太犬ゴロの死体は、第3次越冬隊によって解剖された。

樺太犬ゴロは体重45kgから22kgに減少していた。脂肪はほぼ無く、臓器は紙のように薄くなっていた。

これらの特徴から、鎖につながれたまま死亡した樺太犬7頭の死因は餓死とみられている。いずれの死体にも共食いした形跡はなかった。

体重の減少や脂肪の量から推定すると、鎖につながれたままの樺太犬は1ヶ月ほど生存していた可能性がある。樺太犬が熊のように冬眠していたのであれば、2ヶ月は生きていた可能性がある。

なお、鎖につながれて死んでいた樺太犬は、第1次越冬隊の犬係および第3次越冬隊の北村泰一が水葬し、日本から持参した阿弥陀如来尊像を昭和基地付近に設置して弔った。

■樺太犬ジロの解剖と死因
樺太犬ジロは昭和基地に置き去りとなった樺太犬15頭のうちの1頭である。

生存していた樺太犬ジロは第3次越冬隊と共に越冬。引き続き第4次越冬隊と南極で越冬し、第4次越冬中の1960年(昭和35年)7月9日に昭和基地で死亡した。

死後、樺太犬ジロは氷の中に埋葬(冷凍保存?)された。その後、1961年(昭和36年)1月に掘り起こされ、第4次越冬隊・景山孝正の手によって解体された。

樺太犬ジロの「主要な臓器のホルマリン漬け」と「毛皮」と「骨」とが日本に持ち帰られた。日本で樺太犬ジロの臓器を解剖し、毛皮は剥製に使用した。

樺太犬ジロの胃の内容物に毛玉や未消化の落花生などが残っており、毛玉を原因とする胃拡張が認められた。毛玉に、アザラシやペンギンの毛は含まれていなかった。樺太犬ジロの死因は判明していない。

インターネット上に、「胃の中からフランス隊が特別注文した食品のラベルが見つかった」との情報があるが、胃の内容物にフランス隊の食品ラベルが含まれていたとする資料は発見できない。

■樺太犬タロの死亡と解剖
樺太犬タロはジロと同様に、昭和基地に置き去りになりながら生存していた樺太犬である。タロ・ジロは、風連のクマ(父)とクロ(母)との間に生まれた兄弟である。

樺太犬タロは「奇跡の生存」後も南極で越冬を続けるが、第5次越冬隊と共に帰国。その後は北海道大学で余生を過ごし、昭和45年8月11日(14歳7ヶ月)に死亡した。

樺太犬タロは死亡後に解剖され、毛皮は剥製に使用した。なお、樺太犬タロの死因は腫瘍とみられている。

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