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越冬隊の性処理と南極1号・ベンテンさん

実話「南極物語」のあらすじとネタバレシリーズ「第1次越冬隊の性処理と南極1号・ベンテンさん」編です。実話「南極物語」のあらすじとネタバレは、『実話「南極物語」のあらすじとネタバレ』をご覧ください。


■南極観測隊とダッチワイフ
第1次南極観測隊はダッチワイフ2体を南極へ持って行ったことは有名である。このダッチワイフは「ベンテンさん(弁天さん)」と名付けられて、「南極1号・ベンテンさん」として語り継がれている。

ダッチワイフの「南極1号・ベンテンさん」は、第1次越冬隊の快楽目的ではなく、隊員の精神衛生を保つ任務を秘めていた。

昭和基地は孤立した極寒の地というだけでなく、1日中、太陽が沈まない「白夜」という現象が1ヶ月半も続く。反対に1日中、太陽が昇らない「極夜」という現象も1ヶ月半も続く。

人間は本来、25時間周期で、日光を浴びることにより、体内時計を調整している。だから、白夜や極夜によって、第1次越冬隊が精神的・肉体的に異常を発症することが考えられる。その対策の1つがダッチワイフの「南極1号・ベンテンさん」だった。

「性処理をしないと精神が狂う」という説があり、精神衛生を考慮して「南極1号・ベンテンさん」を南極へ持って行った。

ある心理学実験によると、性行為による精神が安定する効果が認められており、「南極1号・ベンテンさん」は精神安定に有効と言える。

■第1次越冬隊と南極1号・ベンテンさん
越冬を開始した第1次越冬隊の隊長・西堀栄三郎が昭和基地に、氷で作ったエスキモーの小屋「イグルー」を作り、その中に「南極1号・ベンテンさん」を設置した。

しかし、第1次越冬隊は誰も「南極1号・ベンテンさん」を使わなかったとされている。

では、第1次越冬隊はセックス問題をどのように解決し、精神を安定に保ったのか。その答えは、第1次越冬隊の藤井恒男が学術学会で報告している。

■第1次越冬隊の性生活
1958年(昭和33年)3月3月27日、帰国したばかりの第1次越冬隊が学術学会で越冬報告を行った。このとき、壇上に昇った第1次越冬隊の藤井恒男は「第1次越冬隊についての性生活」について報告している。

藤井恒男は朝日新聞の社員で、第1次越冬隊では航空・報道を担当しており、学術学会で報告するような研究をしていなかったので、人間観察として「第1次越冬隊についての性生活」を報告したのである。

学術学会の茅誠司もこの報告に満足したようであるが、残念なことに、藤井恒男の発表を詳細に記録する資料は存在しないようである。

ただ、藤井恒男の後述によると、昭和基地でのセックスの問題については、日本国内の人が心配するような苦は無く、性欲自体が湧かなかったようである。

そもそも、南極には性欲を刺激するようなものはなく、大自然の猛威のほか、様々な任務に追われ、第1次越冬隊は性欲が湧かなかったようであある。

■第1次越冬隊のストレス発散方法
映画や麻雀などの娯楽も多かったが、第1次越冬隊10人は、越冬隊長の西堀栄三郎に対する愚痴を言い合うことで、適度にストレスを発散していたようである。

これは藤井恒男が西堀栄三郎を憎まれ役に仕立てることで、第1次越冬隊員の苦情を処理する狙いがあったようである。

西堀栄三郎は著書で「藤井恒男を越冬隊に加えて良かった」と述べているので、西堀栄三郎は苦情処理に利用されていたことを知っていたのかもしれない。

南極1号・ベンテンさんの都市伝説については、「南極1号・ベンテンさんの都市伝説」をご覧ください。

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