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赤面疱瘡(あかづらほうそう)のネタバレ

TBSの歴史ドラマ「大奥-誕生(有功・家光篇)」の原作となる「よしながふみ」の漫画「大奥」のあらすじとネタバレを含んだ読書感想文です。


このページには原作漫画「大奥」のあらすじとネタバレが含まれているため、ネタバレを知りたくない人は閲覧にご注意ください。

■赤面疱瘡(あかづらほうそう)のネタバレ
赤面疱瘡(あかづらほうそう)とは、江戸時代に流行した伝染病である。赤面疱瘡は、男性にのみ感染する病気で、女性には感染しない。

赤面疱瘡に感染する者のほとんどは若い男性だが、ごくまれに成年男子にも感染することがある。

赤面疱瘡の致死率は8割と高く、赤面疱瘡に感染した者は5人に1しか助からない。

なお、赤面疱瘡は、よしながふみの漫画「大奥」に登場する病名であり、実際に赤面疱瘡が流行したとことを立証する資料は存在しない。

■赤面疱瘡のモデル
赤面疱瘡にモデルは存在しないが、その症状は天然痘に酷似しているため、天然痘がモデルとなっている可能性がある。

漫画「大奥」には、天然痘に症状がにているため、「赤面疱瘡」と呼ばれるようになったと記されている。

■赤面疱瘡の症状
赤面疱瘡(あかづらほうそう)を発症すると、原因不明の高熱に発し、全身に真っ赤な発疹が広がる。そして、発疹がただれて膨れあがり、死に至る。

■赤面疱瘡の治療法
赤面疱瘡の根本的な治療方法は発見できていない。赤面疱瘡に対する予防方法も発見できず、江戸時代の日本に定着した。

8代将軍・徳川吉宗が小石川御薬園(こいしかわおやくえん)を開設し、赤面疱瘡の治療法の研究を行わせている。

■赤面疱瘡が流行した経緯
江戸時代初期、関東のある村に住む少年・定吉(さだきち)が、村人が入らない山奥でキノコを採っていたところ、熊に襲われた。

定吉は、定吉を探しに出た村人に抱えられて戻ってきたが、間もなく息を引き取った。

定吉の死後、一番上の兄・乙吉(おときち)が原因不明の高熱を発し、全身を覆う赤い発疹が爛れて死亡した。次に、2番目の兄・又助が発症し、死亡した。父・乙松も発病したが、乙松は一命を取り留めた。

病気は村へ広がり、村から隣村へと広がった。さらに、隣村から隣村へと広がり、やがて、関東全域に広がり、日本全土に広がった。

この病気は、症状が天然痘に似ていることから、「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」と呼ばれるようになる。根本的な治療方法は見つからず、江戸時代の日本に定着した。

このため、赤面疱瘡(あかづらほうそう)が流行した原因は、少年・定吉(さだきち)が山の神から疫病をもらって帰ってきたため、推定されている。

■赤面疱瘡による江戸時代の人口の変化
赤面疱瘡は男性にしか感染せず、男性の人口を急激に減少させた。飢饉などの影響もあり、一時は男性が女性の5分の1にまで減少し、都市の機能が麻痺したが、その後は豊作にも恵まれ、男性は女性の4分の1になったところで、人口は安定するようになった。

なお、よしながふみの原作漫画「大奥」では、男性の人口は常に「女性の4分の1」というふうに、女性との比率で表されているため、生存する男性の人数は分からない。

原作漫画『大奥』のネタバレ読書感想文の中編」へ続く。

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