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実話-新島襄の脱国物語のあらすじとネタバレ

NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公・新島八重(山本八重)の2番目の夫・新島襄の生涯の実話をあらすじとネタバレで紹介する「実話-新島襄の脱国物語のあらすじとネタバレ」編です。


このページは「実話-新島襄の函館遊学のあらすじとネタバレ」からの続きです。

実話「新島八重の桜-京都編」の目次は『実話「新島八重の桜」のあらすじとネタバレ』をご覧ください。

■司祭ニコライとの出会い
1864年(元治元年4月21日)、新島敬幹(新島襄)を乗せた西洋船「快風丸」が函館に到着する。

元治元年4月26日、新島敬幹(新島襄)は英語を学ぶため、武田斐三郎の武田塾を訪れ、塾頭の長岡藩士・菅沼精一郎に武田塾への入塾を申請した。

しかし、塾長の武田斐三郎は江戸の開成所の教授に就任するため、新島敬幹(新島襄)と入れ違いになって江戸へ向かっており不在で、武田塾は開店休業状態だった。

さらに、武田塾には英語を教える事が出来る教師が居ないため、新島敬幹(新島襄)は入塾を諦め、英語を教えてくれる外国人を探すことにした。

数日後、長岡藩士・菅沼精一郎に相談すると、「英語の勉強に役立つだろう」と言い、ロシア領事館付の司祭ニコライを紹介してくれた。

司祭ニコライは司祭を務める一方で、儒学者・木村謙斎から「古事記」「日本書紀」などを学んでいたが、木村謙斎が辞めてしまったため、司祭ニコライは新しい日本語の教師を探しているところだった。

元治元年5月3日、日本語教師を引き受けた新島敬幹(新島襄)は司祭ニコライの家へ移り、住み込みを始める。

一方、司祭ニコライは新島敬幹(新島襄)に、病気で時間をもてあましている仕官ピレルーヒンを英語の教師として紹介した。

こうして、新島敬幹(新島襄)は司祭ニコライに古事記を教え、ピレルーヒンから英語を学ぶようになった。

■新島襄と司祭ニコライの性病
函館の遊郭では性病が蔓延していた。北の国で女遊びをしてきた漁師や船乗りが、函館の遊郭で女遊びをして性病を蔓延させたため、函館には他の地方よりも恐ろしい性病が流行していた。

新島敬幹(新島襄)は司祭ニコライから性病の科学的な知識を学び、性病の恐ろしさを知った。これ以降、新島敬幹(新島襄)は遊郭に近づかなくなった。

■福士卯之吉との出会い
新島敬幹(新島襄)は、英語の聖書を学ぶ為に函館へ来たが、いつしか脱国してアメリカへ行きたいと思うようになっていた。

司祭ニコライの家に住み始めて1ヶ月ほどすると、新島敬幹(新島襄)は司祭ニコライにアメリカへ密航する希望を打ち明けた。

しかし、司祭ニコライは密航に反対し、「私の弟子にならないか。聖書も教えよう」と誘った。

新島敬幹(新島襄)は司祭ニコライの誘いを断り、脱国を助けてくれそうな外国人を新たに探すことにした。

そこで、再び長岡藩士・菅沼精一郎に相談すると、菅沼精一郎が沢辺琢磨を紹介してくれた。沢辺琢磨は坂本龍馬の従兄弟である。

この沢辺琢磨が、外国人居留地に出入りしている福士卯之吉(ふくし・うのきち)を紹介してくれた。

福士卯之吉はイギリス人アレクサンダー・ポーターが経営する貿易会社「アレクサンダー・ポーター商館」で番頭を務めている人物だった。

脱国は国禁だったため、新島敬幹(新島襄)は初めて会う人には他人行儀に接して警戒したが、福士卯之吉の場合は会った瞬間に「大丈夫だ」と直感し、旧友の様に接した。

新島敬幹(新島襄)は福士卯之吉と直ぐに親しくなり、福士卯之吉っから英語を教えてもらうようになった。2~3度会った後に、アメリカへ行く希望を明かすと、福士卯之吉は大いに喜んで協力を約束してくれた。

江戸時代は脱国が国禁で、見つかれば脱国に関わったものも厳しく処罰される時代だったが、福士卯之吉は危険を冒してまで新島敬幹(新島襄)に協力してくれた。

1週間ほどすると、福士卯之吉が新島敬幹(新島襄)に、「脱国の準備をしろ」と言った。なんと、中国へ行くアメリカ船の船長に密航の約束を取り付けてきたというのだ。

直ぐさま、新島敬幹(新島襄)は、函館にいる知り合いに「安中藩へ帰ることになった」と嘘を言い、実家へ帰る準備を装って、脱国の準備を始めた。

■新島襄の脱国
1864年(元治元年)7月17日の深夜、新島敬幹(新島襄)は福士卯之吉が用意した小舟に乗り込み、船底に隠れた。

ちょうど、船が波止場を出ようとしたとき、役人に「誰だ」と呼び止められた。しかし、福士卯之吉は堂々と「船長に届け物がある。明日に延ばすことが出来ない」と説明して、無事に波止場を出ることに成功した。

脱国に協力してくれる船は、港から遠く離れた場所に停泊していた。この船はアメリカ船「ベルリン号」と言い、船長はW・T・セイヴォリーと言う人物であった。

船長セイヴォリーは非常に優しい人で、福士卯之吉の船が到着すると、「役人から見えないように裏へ回れ」と言い、船の反対側から乗り込むように指示して、新島敬幹(新島襄)を快く受け入れてくれた。

翌日、荷物改めの役人が乗り込んできてが、新島敬幹(新島襄)は役人に見つかること無く、アメリカ船「ベルリン号」は上海に向かって出発した。

■刀を封印した新島襄
ベルリン号で上海に向かっていたある日、新島敬幹(新島襄)は英語の命令が理解できなかったため、親しくしていた乗客に殴られた。

激怒した新島敬幹(新島襄)は乗客を切るため、刀を取りに自室へ戻り、刀を手にしたが、「この程度の苦難に耐えられないようでは、この先にある大きな苦難は耐えられない」と考え、二度と刀は抜かない事を誓った。

■ホレイス・S・テイラーとの出会い
アメリカ船「ベルリン号」が上海に着いて少しすると、船長セイヴォリーは新島敬幹(新島襄)に、アメリカへ向かうアメリカ船「ワイルド・ローバー号」の船長ホレイス・テイラーを紹介した。

ベルリン号は1度、日本(長崎)へ戻る予定になっていたため、船長セイヴォリーは、国禁を犯して犯罪者となった新島敬幹(新島襄)が日本に戻っては危ないと考え、アメリカへ向かうアメリカ船「ワイルド・ローバー号」を紹介してくれたのだ。

ワイルド・ローバー号は、アメリカ・ボストンの商社「ハーディー商会」の船で、船長はホレイス・S・テイラーという人物だった。

新島敬幹(新島襄)は船長ホレイス・テイラーに、船賃代わりに長刀を差し出し、無給料で働くと言い、アメリカまで乗せてくれるように頼んだ。

船長ホレイス・テイラーも優しい人で、新島敬幹(新島襄)をアメリカまで乗せることに承諾し、新島敬幹(新島襄)はワイルド・ローバー号に乗り込むことになった。

■新島襄は犯罪者
脱国は国禁であり、新島敬幹(新島襄)は犯罪者となっていた。さらに、安中藩から年俸や支度金15両を貰って函館遊学をしていた最中に脱国したため、横領や背任の罪を犯している。

ただ、新島敬幹(新島襄)は脱国前に父・新島民治に手紙を送っており、父・新島民治が安中藩に「近海で測量中に風雨のため遭難した」と新島敬幹(新島襄)の死亡を届けたため、安中藩では死亡扱いになっていたようである。

一方、新島敬幹(新島襄)上海まで密航させたアメリカ船「ベルリン号」の船長セイヴォリーは、脱国を手助けしたことが会社に知られてしまい、解雇されている。

後に船長セイヴォリーはアメリカで新島敬幹(新島襄)と再会するが、会社を解雇された事は明かさなかった。

■新島襄が漢訳聖書の購入
アメリカ船「ワイルド・ローバー号」に乗り込んだ新島敬幹(新島襄)は、船長ホレイス・テイラーの使用人として働きながら、船長ホレイス・テイラーから英語や航海術を学んだ。

ある日、船長ホレイス・テイラーは英語の聖書を借してくれたのだが、英語で書かれた聖書は理解できないため、新島敬幹(新島襄)は漢訳聖書を購入することにした。

中国では日本のお金が通用しないため、小刀を8ドルで船長ホレイス・テイラーに買い取ってもらい、新島敬幹(新島襄)は香港で漢訳聖書を購入した。

新島敬幹(新島襄)は大小2本の刀を持って脱国したのだが、長刀は船賃代わりに船長ホレイス・テイラーに渡し、小刀は漢訳聖書を購入するために、船長ホレイス・テイラーに8ドルで売却し、武士の魂を売り払ってしまった。

この後、ワイルド・ローバー号は積み荷の関係でアジアを行き来し、マニラ(フィリピンの首都)を経由して、アメリカのボストンへ向かった。

■吉田松陰と新島襄
吉田松陰は、1854年に密出国を試みたが、アメリカ船「ポーハタン号」に搭乗を拒否されて、逮捕されている。このとき、山本覚馬の恩師・佐久間象山も、吉田松陰に連座して投獄された。

これに対して、新島襄はイギリスの貿易会社「アレクサンダー・ポーター商館」の番頭・福士卯之吉らの協力を得て、計画的に密航を進めているため、吉田松陰と新島襄の2人は良く、比較されることがある。

新島襄が脱国に成功した理由は、ジョン万次郎のアドバイスがあったから、という説もある。

■山本八重と新島襄
なお、新島襄が脱国した1864年は、山本覚馬は江戸から会津へ戻り、会津藩の日新館に蘭学所を開設し、教授になった年である。

後に妻となる山本八重子が1人目の夫・川崎尚之助と結婚するのは、新島襄が脱国した翌年の1865年のことである。

実話「新島八重の桜」の京都編「実話-新島襄の名前の由来-ジョセフ・ニイシマの理由」へ続く。

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