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八重の桜-感想と解説

天才子役の鈴木梨央が出演するNHK大河ドラマ「八重の桜」の第1回「ならぬことはならぬものです」の感想と解説です。


■八重の桜-第1回の感想と解説
ドラマ「八重の桜」の第1話では、会津藩の重要キーワードとなる「什の掟(じゅうのおきて)」や「会津藩御家訓15カ条」などが出てきた。

什の掟(じゅうのおきて)とは、「ならぬことはならぬものです」で有名になった会津藩士の基礎教育である。

木に登って「追い鳥狩」を見ていた山本八重(鈴木梨央)が、西郷頼母(西田敏行)の邪魔をしてしまい、西郷頼母(西田敏行)にシッペをされるシーンがある。

このシッペは、「什の掟」の制裁の1つである。什の掟では、掟に背いた者を裁判にかけ、有罪判決が下ると、制裁が加えられるのだ。

什の掟の制裁はシッペの他にも種類がある。什の掟については、実話や実例を紹介しているので、「実話-会津藩「什の掟」」をご覧ください。

一方、会津藩御家訓15ヶ条は、会津藩が遵守する憲法のようなものである。会津藩では毎年、会津藩御家訓15ヶ条を読み上げる儀式があり、この儀式では藩主も下座で拝聴することになっている。

この会津藩御家訓15ヶ条の第1条に「大君の儀、一心大切に忠勤に励み、他国の例をもって自ら処るべからず。若し二心を懐かば、すなわち、我が子孫にあらず。面々決して従うべからず。」と定められている。

この1条は、「会津藩は徳川家を守護する存在である」という意味であり、会津藩主・松平容保が京都守護職を引き受けることになる原因となる。

会津藩に御家訓15ヶ条が出来た経緯などについては、実話を紹介しているので、「松平容保が京都守護職に就任した理由のネタバレ」をご覧ください。

■山本覚馬と川崎尚之助の解説
ドラマ「八重の桜」の第1話で、山本覚馬(西島秀俊)は寛永6年(1853年)6月に江戸へ遊学し、佐久間象山(奥田瑛二)の塾の門を叩いた。そして、象山塾で川崎尚之助(長谷川博己)と出会った。

実在の山本覚馬は2度の江戸遊学をしており、寛永6年(1853年)の江戸遊学は2度目の遊学である。

一方、実在の川崎尚之助は寛永6年(1853年)6月に医師・大木忠益(後の坪井為春)の塾に在席しており、山本覚馬は大木忠益の塾で川崎尚之助と出会ったとされている。

なお、川崎尚之助は、「川崎正之助」という漢字が本来の漢字であり、「川崎尚之助」とするのは会津藩に入ってから改名した漢字である。

この辺りの経緯は「樋口うらと川崎正之助のあらすじとネタバレ」を参照してください。

なお、ドラマ「八重の桜」では、川崎尚之助の漢字を使用しているため、改名するエピソードは省略するものと思われる。

■簡単な計算も出来ない山本覚馬の解説
山本覚馬(西島秀俊)は佐久間象山(奥田瑛二)に弾道計算問題を出題されたが、答えられず、「こんな簡単な計算も出来ないのか」と罵倒され、入塾を拒否された。

会津藩は全国でも有数の規模を誇る藩校「日新館」を開き、教育に力を入れていたが、砲術や算術は不人気科目だった。

会津藩では「鉄砲は下級武士の道具で、上級藩士は刀や槍で堂々と戦うもの」とされ、鉄砲は差別されており、砲術は不人気科目だった。

日新館では「関流算術」という算術(算数)を教えていたのだが、「算術は商人のもの」として、会津藩士から嫌われた。関流算術を学ぶのは、大砲の弾道計算などが必要な1部の会津藩士だけだった。

後に東京帝国大学や京都帝国大学の総長となる会津藩士・山川健次郎が九九(かけ算)を覚えたのは16歳の時だったことから、会津藩士の算数の能力は小学生低学年レベルだったと推測できる。

山本覚馬(西島秀俊)が佐久間象山(奥田瑛二)の出した問題に答えられなかったのも、会津藩士は算数のレベルの低いことを表しているのだと思う。

■会津唐人凧の解説
ドラマ「八重の桜」の第1話で覚えておくべきポイントは、第1話で山本八重(鈴木梨央)が遊んでいた凧である。この凧は会津唐人凧(あいづとうじんだこ)と言い、会津の名産品である。

会津籠城戦時に籠城していた子供達の遊びの1つは、この会津唐人凧だった。会津唐人凧は、兜を被った武者が舌を出している顔が描かれており、戦時中に会津唐人凧を上げることで、敵兵の士気を下げる効果があるとされている。

ドラマ「八重の桜」でも、若松城籠城戦では、子供達が会津唐人凧で遊ぶだろうから、会津唐人凧については覚えておくと、より解釈が深まると思う。

■子供時代の山本八重
山本八重の子供時代については、殆ど資料が無い。子供時代については、幼なじみの日向ユキの方が、資料が多いくらいだ。だから、山本八重の子供時代のエピソードは、ほとんど脚本家による創作だろう。

後に同志社英学校の生徒・徳富健次郎(徳冨蘆花)は、山本八重(新島八重)のことを「脂ぎった赤い顔」「目尻の下がったテラテラと光る赤い顔と相撲取りのような体」と表現している。

キリスト教の教会のブログも山本八重(新島八重)を「目尻の下がったテラテラと光る赤い顔と相撲取りのような体」と紹介し、山本八重のイメージとして、お笑いコンビ「森三中」の大島美幸の写真を掲載している。

山本八重を演じる子役の鈴木梨央が可愛かっただけに、鈴木梨央も大人になると顔がテラテラしてくるのだろうか。想像すると、悲しくなってくる。

山本八重の生涯を実話を描いた「実話-新島八重の桜」は、「実話「新島八重の桜」のあらすじとネタバレ」をご覧ください。

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